| sugitaru • PM |
Jan 10, 2014 7:47 AM
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sugitaru
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いちいち、口で返事をするのが、億劫なので、彼は、わかつたら、わかつたやうな動きかたをする。それも、一瞬、わかつたかどうか、と、思はせるくらゐにである。
さて、この土地にしては、ごく稀な、朝から蒸し暑い日の午後であつた。 熊川忠範は、今年はじめて試作のつもりで種を蒔いてみたソラ豆が、わりあひ順調に茎を伸ばし、花をつけ、今や、僅かではあるが、ふつくらとした莢をつけはじめたのを、――なんでもやつてみれば出来るものだ、と思ひながら、根もとに生ひ茂つた雑草をひとわたりむしり終つた。 そこへ、見馴れぬ客人の来訪である。門から玄関までの道を、左右の眺めを楽しむやうに、ゆつくり歩を運んでいく。 かういふ場合、熊川忠範は、しかけた仕事をやめて、取次ぎをするわけではない。向うから挨拶でもされなければ、こつちから頭などさげるのは変である。日張家の客は、自分の客ではないからである。 その客はどういふ種類の客であるかも、彼の知つたことではない。多分、自分とは関係のない用事があつて来たのだらう。 ところが、しばらくたつて、気がつくと、さつきの客が日張博士と連れだつて、庭の方へ降りて来た。見てゐると、日張博士が屋敷の中をあちこちと案内し、やがて、畑のそばに立ち止つて、二人で、しきりに何やら話をしはじめた。どうやら、作物について、日張博士が客に今年の出来具合を語つてゐるらしい。 「熊川君、ちよつと……」 不意に、日張博士の呼ぶ声がした。 熊川忠範は、なるべく急がずに歩く。 今朝からはじめて博士と面と向つて口を利くのだから、ちよつと戦闘帽のヒサシに手をかけ、 「お早うござんす」 と、言ふ。レイキ 京都 |